
東証の市場区分見直しにより、これまで1部、2部、ジャスダックS、ジャスダックG、マザーズと別れていた市場区分が、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3つに分類されることとなりましたが、いよいよこの体制が4月4日から始動します。
今後、グロース市場に上場する会社は、「事業計画及び成長可能性に関する事項(以下、成長可能性資料)」を開示する必要があります。
また、現在既に上場している会社も、年に1回以上の進捗状況の開示が求められており、定期的に成長可能性資料をブラッシュアップしていく必要があります。
そこで今回は、今後グロース市場への上場を計画されている会社や既に上場されている会社を対象に、具体例を交えながら成長可能性資料の作成上のポイントを解説していきたいと思います。
なぜ成長可能性資料が重要なのか?
本題に入る前にまず、東証が公表している成長可能性資料の記載事項を整理しておきましょう。
東証は、以下の事項について、グラフや図表等も用いながらプレゼン資料形式で分かりやすく開示することを求めています。

そもそもなぜこのような資料を開示しなければならないのでしょうか?
グロース市場は、高い成長可能性を有するものの、事業実績の観点から相対的にリスクの高い企業が集まる市場として定義されています。
そういう企業に投資をしようと思ったら、投資家は、ビジネスモデルや競争優位性、事業計画等について詳細な情報を分析する必要があります。
そのような分析抜きに「この会社ずっと赤字だけど、売上高がものすごい勢いで成長してるからとりあえず投資しておくか!」という感覚で投資してしまうと、実は赤字から抜け出せない事業構造になっていたり、売上高の成長がストップしてしまったりといったことが起きてしまい、投資に失敗してしまうリスクが高くなります。
そのため、投資家保護の観点から、どのような事業を手がけているのか、潜在的な成長余地はどの程度ありそうなのか、競合優位性はどこにあるのか、リスク要因は何なのかといったことを詳細に開示する「成長可能性資料」が重要になってくるわけです。
資料の全体的な構成
ここからは、成長可能性資料を作成するにあたっての具体的な手順について解説します。
まずは資料全体の構成を考えます。上記の東証が開示している記載項目の順番に厳密に沿って作成する必要はなく、順序を入れ替えたり、複数の項目をまとめて記載しても問題ないとされています。
そのため、投資家が投資判断を行うにあたって必要となる下記のような事項がスッと頭の中に入ってくるような構成にするのが肝要です。
どのようなビジョンを持った会社なのか
何をやっている会社なのか
ポテンシャルはどの程度あるのか
どのような成長戦略を掲げているのか
私は色々な会社の成長可能性資料を見てきましたが、優れた資料を開示している会社は、概ね以下のような順序、構成で作成していることが多いと思います。

もちろん、この構成に沿って作成する必要があるわけではなく、会社毎に最適な順序、構成を考えるべきです。ただ、ベースの考え方としては一定参考になるかと思うので、上記について順番に解説していきます。(3〜5は、後編で解説)
1. 会社や事業の概要
まず冒頭部分で、「自社が何をやっている会社なのか」ということを理解してもらうことが重要です。いきなり決算実績がズラーっと並んでいたり、市場規模の説明がなされていても、初見の投資家はなんのこっちゃ分かりません。そのため、初見の投資家でも自社の大枠を理解してもらえるようなスライドを最初に数枚挿し込むのが望ましいと考えられます。
例えば、SPEEDAやNewsPicks等のサービスを展開するユーザベースは、冒頭のスライド4枚で自社の事業内容や沿革等についてざっくりと説明しています。
1枚目のように、At a Glanceで自社の重要な数字を見せる会社も最近は増えていますね。




クラウド録画サービスを手掛けるセーフィーの成長可能性資料も、ユーザベースと似たような感じで自社のことが一目で理解できるスライドが最初に登場しています。





また、このあたりの概要情報の直後に、ミッションやビジョン、バリュー等を記載している会社もあります。自分達がなぜ事業をやっているのか、どんな社会課題を解決しようとしているのか、長期でどのような姿でありたいのか等を伝えるために、このような情報を入れるのも有用かと思います。
メルカリの例


ユーザベースの例




freeeの例


2. 市場規模と強み
投資家は、対象会社が中長期的に成長するかどうかを判断するにあたって、「事業ドメインの魅力度と競合優位性」を重視します。
そのため、このあたりを理解してもらうために、自社が属している事業領域の潜在的な成長性と、競合優位性を表すスライドを入れるのが望ましいと考えられます。
市場規模を記載する際のポイントとしては、「現実的かつ関連性の高い市場規模を記載すること」があります。
例えば、不動産の仲介事業をやっている会社が、「不動産という超巨大なマーケットでやってます」とだけ書いていても、「そんなん知ってるわ!」となりますよね。
そのため、自社がやっている事業に関連する市場規模までできるだけブレイクダウンして開示してあげると丁寧かなと思います。
例えば、イエウールやヌリカエ等を展開するSpeeeは、TAM、SAM、SOMに分けた市場規模を記載しています。

ただひとつ注意したいのが、ここで投資家が知りたいのは、「会社がどこまで伸びる余地があるのか」ということです。そのため、必ずしも定量的な市場規模を示すことができればそれでOKだとは限りません。
例えば、ビズリーチを展開するビジョナルは、人材紹介の市場規模を開示する代わりに、求職者と求人企業の拡大ポテンシャルを開示しています。

それだけでなく、「働き方が変わっていく」という定性的な情報も用いながら、雇用が流動化されることで、人材紹介の業界が更に活発化することが説明されています。


この他にも、自社のシェアを記載したり、異なる業界で面を取っていく戦略を示したり等いろいろ工夫できる余地はあります。「とりあえず市場規模を載せなければならない」という固定観念は捨ててしまってもいいかもしれません。
さて、ここまで見ると、投資家はこう思うはずです。
「市場が魅力的なことは分かった。では、この会社がマーケットリーダーになる必然性はどこにあるだろうか?
ここをちゃんと理解してもらうために、競合優位性や強みを記載することが大切なのですが、これらが伝わってこない資料は非常に多いです。
もちろん、「安易に強みを書くと競合に意識されるから、、」という事情もありますし、全てを包み隠さず開示する必要はないと思われますが、投資家に「なるほどこれがこの会社の強みだな」とか、「こういう参入障壁があるんだろうな」といったことを理解してもらうためのスライドは是非入れるべきだと考えられます。
例えば、印刷業界のプラットフォーム事業からスタートしたラクスルは、競合優位性を説明するために、決算説明資料を2部構成で作成しており、第1部で決算等に関する説明、第2部で事業、組織、財務の観点から競争優位性が説明されています。

これを読むと、主に下記の点でラクスルには強みがあるのだということが分かります。
TAMが大きい間接費市場、かつ供給サイドがフラグメンテッド(バラバラ、断絶されている)で、EC化の余地がある市場での事業構築力
組織内のビジョン浸透や株式インセンティブ強化等に基づく組織力の向上
売上総利益という明確なKPIの設定と規律を持った財務ポリシー
もちろん成長可能性資料の中で何十ページも競合優位性について書くわけにはいきませんが、上記ラクスルの開示は参考になると思うので是非ご一読いただければと思います。
他にも、先ほど挙げたセーフィーは、大手のメーカーと販売パートナーを囲っているという事実や、優秀な人材、ポジショニングの違いといった観点から強みを説明しています。



このように、成長可能性資料には、何らかの形で自社の強みが伝わるようなスライドは是非とも入れるべきだと思います。
ちなみに、強みや競合優位性を開示しようと思ったら、そもそも経営戦略としてそこが明確化されている必要があります。そのため、このあたりの開示を検討する機会に、改めて自社のコアコンピタンスや競合優位性はどこにあるのか?といったことを社内で徹底的に議論してみてもいいかもしれません。
ということで、今回はここまで。
後編では、成長戦略、リスク情報、Appendixに関する具体的な作成手順とポイントについて解説していきますので、そちらも是非ご覧ください。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました!!